カルチェ・ラタンは文化遺産がたくさん!700年ぶりに発見された遺跡はパリ市民の憩いの場になっていた

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円形闘技場

2016年11月9日の「旅するフランス語」のテーマは「第6章 パリ散歩 ~カルチェ・ラタン~」です。

今回はパリの文化・教育的な縁の深いエリアを中心とした「カルチェ・ラタン」を散歩します。文教地区でありつつも、古代のパリの遺跡を楽しむことができるエリア。遺跡や中世の面影が街のあちこちで見かけることが出来て、有名な観光スポットとはまた違ったパリの姿が見えてきます。

今回は700年ぶりに陽の目を見た遺跡も訪れて、パリの歴史の深さを感じることができます。

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パリの教育地区「カルチェ・ラタン」は歴史的名所だらけ

旅のスタートは、ノートルダム聖堂があるシテ島から。ここがパリの発祥の地として言われています。その昔パリシーと呼ばれる人たちがいたことに由来して「パリ」と呼ばれるようになったようです。

そして橋を渡ればパリ5区のカルチェ・ラタンへ。このあたりはヨーロッパ最古の大学であるソルボンヌ大学などあり文教地区です。学校通りなんて道もあるのです。

常盤貴子さんがカルチェ・ラタンポール・パンルヴェ公園を歩いていると、足がピカピカになっている像を発見!

Suskaさん(@suska3)がシェアした投稿

ルネサンス期の有名な哲学者の「モンテーニュ」で、なんでも彼の靴を触れると良い成績がとれるとか。学生さんがゲン担ぎでよく触るようですね。

さすがパリの文教地区!可愛らしい教会でコンサート

常盤さんは、三角屋根がかわいい「サン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会」へふらりと立ち寄ると、タイミングよくちょうどコンサートが開かれていました。パリでは教会でよくコンサートが開かれるようですね。

そうそう、ウィーンでもコンサートやってましたよね。

本当に無料でいいんですか?さすがは音楽の都ウィーンのコンサートクオリティが半端ない!
2016年10月31日に放送された「旅するドイツ語」の第5回目放送は「第5回 ...

この教会は、12世紀ごろ建てられたパリで最も古い教会の1つ。当時は教会が学び舎となっていたため、神曲が有名な「ダンテ」や作家の「ラブレー」などといった多くの知識人が通っていました。

これが現在のパリ大学誕生のキッカケとなったといわれており、カルチェ・ラタンにおいて重要な建物なのです。

700年間も埋もれていた闘技場がくつろぎの場所に

常盤貴子さんは、日本でフランス語を教えるパリの歴史に詳しいエブリンさんと合流。2人でカルチェ・ラタンの歴史を紐解くための散策へ。

その前にお互い自己紹介ということで、今日のキーフレーズです。

今週のキーフレーズ

Je suis Évelyne. / Moi, c’est Takako.
私がエヴリンよ。 / 私は貴子です。

パリ発祥エリアはパリと呼ばれる以前のローマ時代には「リュテス」と呼ばれており、このあたりは数多くのローマ人が暮らしていました。そのためカルチェ・ラタンではローマ時代の面影を見ることができます。

そこで、エヴリンさんに連れられて2人はローマ時代の空気が感じるスポットへ向かいます。一見入り口は普通のようですが、中に入ると外から想像できないほどのすごく大きな広場が!

ここはローマ時代に建てられた「リュテス円形闘技場」です。

Fredさん(@fredbc77)が投稿した写真

ここでは闘技や演劇の場として使われており、収容人数は1万7千人です。この当時パリには2万人しかいなかったのでほとんど市民が入れる大きさ。広いです!
しかし、この闘技場は12世紀にフィリップ・オーギュストことフィリップス2世によって城壁を作る際に埋められてしまいました。

それが19世紀の半ばになって発掘されたということで、700年ぶりに陽の目をみたのです。今はパリ市民の憩いの場として公園になっています。おじいさんたちがペタンク(pétanque)と呼ばれる、フランス発祥の球技で遊んでいましたよ。

カルチェ・ラタンにはローマ時代の建物がいっぱい

さて、パリでは他にもローマ時代の建物が後が見れます。例えば「クリュニー中世美術館」はローマ時代の公衆浴場跡です。また「サン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会」にも道路の一部が残っています。

歴史のある街だと、こんなことが起こりえるんですね。しかしこういった文化的な遺産がちゃんと残っているというのがすごいところですが、先人の努力によるところが大きいのが実情。

リュテス円形闘技場は発掘されたものの、都市開発で取り壊しが計画されました。しかし、ビクトル・ユゴーなどの知識人の訴えにより、文化資産として保存することの重要性が認識されてたのです。パリは過去の史跡がきちんと生活に根付いていますよね。

一方で、フィリップス2世が立てた城壁跡もしっかり残っており今でも見ることができます。なぜ彼が城壁を立てたかといえば外敵から守るため。市民のことを考えた行いの結果、尊厳王として市民から慕われていました。当時の城壁は5400mもあったようですよ。

そういう意味で競技場と城壁跡の2つ残っているのは感慨深いです。

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可愛いボンボンがいっぱい!パリの手作りお菓子の店

常盤さんが今度見かけたのは可愛らしいお菓子のお店「Le bonbon au palais(ルボンボンオパレ)」です。店内は文教地区にちなんで、黒板などの学校関連のグッズであふれたショップで、「ボンボン」と呼ばれる小さいフランス各地の様々なお菓子を取り揃えています。

蓉さん(@windvalley33)が投稿した写真

マシュマロや手作り飴以外にも、珍しいお菓子として「花びらの砂糖漬け」が売っています。スミレの花びらはシャンパンにあうみたいですよ。うーん、飲んでみたいです。

Le Bonbon au Palais

「旅するフランス語」の紹介スポット

テレビで紹介されたスポットをまとめています。パリ観光にオススメ!

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