クラシック音楽好きはもう行った?音楽の都「ウィーン」にある作曲家が暮らした場所たち

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作曲家

「旅するドイツ語」の第2回目放送のテーマは「作曲家ゆかりの場所を巡ろう!」です。

クラッシック音楽好きの別所哲也さんの希望で、作曲家ゆかりのスポットツアーに出かけることに。ウィーンって、通りを歩けば作曲家に出くわすくらいの頻度で音楽家ゆかりのスポットがあります。

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ウィーン旧市街は作曲家ゆかりのスポットばかり!

ウィーン旧市街を歩いていると、様々な作曲家ゆかりの場所に出くわします。さすが音楽の都と言われるほど。今回は別所哲也さんとスザンネさんはウィーン旧市街を散策しながら作曲家が住んでいた場所を訪れます。

コールマルクトはショパンとハイドンが住んでいた

2人はコールマルクト(Kohlmarkt)と呼ばれる旧市街の高級ショッピング街から散策開始。

N.Mmcさん(@terrainterior)がシェアした投稿

ここで出会ったのは「フレデリック・ショパン」のプレートです。ショパンはポーランド出身ですが、20歳の時に1年だけウィーンに住んでいました。

しかし、ショパンが生存中の19世紀前半のウィーンでは、ショパンの音楽は世間で受けいれませんでした。結局ショパンはすぐにパリに移ってしまいましたので、今考えると勿体無い話ですね。

すぐ近くには「フランツ・ヨーゼフ・ハイドン」が住んでいた家も。ハイドンはモーツァルトより少し年上で、交響曲や弦楽四重奏曲のスタイルを確立したオーストリアを代表する作曲家。そして、ここにもちゃんとプレートが存在します。

シュピーゲル小路は、シューベルトとサリエリが住んでいた

2人は教会を後にしてシュピーゲル小路(Spiegelgasse)へ。

ここで出会ったのは「フランツ・シューベルト」のプレート。ここはシューベルト親友のオウチで、あの「未完成交響曲」が書かれた場所だそうです。そしてその向かいには、モーツァルトのライバルでもあった「アントニオ・サリエリ」のプレート。彼はシューベルトの先生でもありました。しかし、どこもかしこも作曲家だらけ。

まさに、

「ウィーンを歩けば作曲家のオウチにあたる」

状態です。

モーツァルトのレクイエム初演のミヒャエル教会

ハイドン家の隣にあるのが13世紀に建てられた「ミヒャエル教会」があります。

@umjeewonが投稿した写真

ここはモーツァルトが作曲したレクイエムが初演された場所です。

モーツァルトが亡くなった1791年に、モーツァルトの友達だった「エマヌエル・シカネーダー」が追悼ミサを開いたときに演奏されたのです。

モーツァルトが暮らした「モーツァルトハウス」へ

2人は別所哲也さんが望んでいた「モーツァルトハウス」へ。ここはモーツァルトが28歳から31歳の時に過ごした家で、有名なオペラ『フィガロの結婚』を生み出しました。

今は改装されて4階まで博物館になっていますが、モーツァルトは建物2階に住んでいました。

ここで、スザンネさんのお友達でモーツァルト好きのエルフィーさんと合流。彼女がこの建物を案内してくれました。ここで今回のキーフレーズが登場。

今週のキーフレーズ
Ich heiße Tetsuya. Ich komme aus Japan.
私は哲也です。日本から来ました。

自己紹介はコミュニケーションの基本。3人は作品目録などのモーツァルトゆかりの品々を見ながら当時の面影を強く残す2階へ移動。

詳細はこちら

モーツアルトが住んでいたときから変わらないものとは?

モーツアルトハウスにはいたるところにモーツァルトが暮らしていた痕跡がまだはっきりと残っています。例えば2階へ続く階段の様子は、モーツァルトが暮らした面影を今に伝えていて隠れた見どころになっています。

また2階には、モーツァルトが暮らしていた当時と全く同じ状況で残っている「窓からの眺め」があります。

ヨーロッパは過去の偉人の当時の雰囲気そのままに足跡が辿れることが非常に素晴らしいですね。都市が長年生き続けている証拠です。時代を超えてオリジナルが残っている奇跡は感動そのもの!

「旅するドイツ語」の紹介スポット

テレビで紹介されたスポットをまとめています。オーストリアの観光にオススメ!

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